アリス・ウォータース:オープニングメッセージ全録(前半)

2021年12月18日 エディブル・スクールヤード 指導者育成セミナー
Heart of The Edible Schoolyard 「We are What We Eat」by Alice Waters
オープニングメッセージ「エディブル・スクールヤードと命の食」アリス・ウォータース

主催:エディブル・スクールヤード・ジャパン
協力:EDIBLE SCHOOLYARD PROJECT

通訳者:
英日通訳/小野寺愛
日英通訳/川本麻衣子
文字起/小笠原綾子

インタビュー
アリス・ウォータース:ESY創立者
聞き手/堀口博子:ESYJ代表

博子:
おはようございます。いよいよエディブル・スクールヤード(ESY)リーダー育成セミナー、バークレーとつながる学びの2日間がはじまります。この日にふさわしい方が今日、お話をしてくださいます。アリス・ウォータースさんです。

アリスさん、こんにちは。シェ・パニーズ50周年、ESY25周年、本当におめでとうございます。この継続の力は本当に素晴らしいと思います。今日、私はエディブル・スクールヤード・ジャパン(ESYJ)の第一回目となるこのリーダー育成セミナーで、こうしてアリスさんにお話いただけること、夢のようです。大変、光栄です。

昨日、アリスさんが2018年に来日されたときのことを思い出していました。私たちが活動している東京都多摩市立愛和小学校のガーデンクラスに来てくださって、あの日はあいにくの雨でしたが、ガーデンの見える教室にお招きしました。子どもたちにとっても私たちにとっても、かけがえのない大事な思い出となっています。

ここで、アリスさんにお話いただく前に、少しアリスさんについてご紹介したいと思います。

アリスさんが、アメリカ最初のオーガニックレストラン、シェ・パニーズのオーナーシェフであることはあまりにも有名ですが、同時に、世界的に知られる食の活動家でもあります。スローフード運動に長くかかわり、持続可能な農業、地産地消をベースに、地域社会の在り方に大きな影響を与えた、デリシャス・レボリューション(美味しい革命)を提唱しました。日本のフードムーブメントにおいても大きな影響を与えていると言っても過言ではありません。そして何よりも、私たちにとっては、エディブル・スクールヤードを生み出してくださった創立者です。

アリスさんは今年、『We Are What We Eat』を出版されました。その本の中で、ファストフードカルチャーからスローフードカルチャーへ移行することの緊急的かつ必要性を強く訴えていらっしゃいます。その答えが、公立の学校で食べることを教える、体験することを教育の根幹、必修科目にすることでした。

今年、夏、海士の風より日本語訳出版予定の
アリスの新著『We Are What We Eat』

あらためて、アリスさんにお聞きしたいのですが、あなたはなぜ、このESYを始めようと思ったのでしょうか。そして、この25年余続けていく中で、常に大事にしてきたこと、活動の核心とはなんだったのでしょうか。

アリス:
ESYを始めたのは、自分の娘がどんな学校に行くのか心配だったからなんです。

シェ・パニーズを開店する前、私はモンテッソーリの教師をしていました。ですから、公教育のシステム、特にカリフォルニアの公教育がどうなってしまったのかをじっくり見て、ショックを受けました。学校が荒廃し、先生たちの威厳も無視されるようになった、今のこの状態。当時のカリフォルニアの公教育システムは(今もですね)、52州があるこの国で40番目 だったのです。

一体、どこで何が間違ってしまったのでしょうか。1964年に私が初めてバークレーに来たときには、カリフォルニアの公教育はこの国の教育の中で一番のランクに位置していたのですよ。

私はそんなわけで、公教育について、テレビでもラジオでも話し始めました。するとある日、地元のマーティン・ルーサー・キング・ジュニア中学校(キング中学校)のスミス校長先生から電話がかかってきました。「アリス、ラジオを聞きました。どうか、学校に来てください。私たちの学校をもう一度美しくするために力を貸してください」と。もちろん、「はい」と答えました。

キング中学校の子どもたちは、家ではそれぞれ、22カ国の言葉を話していました。母国語が22種類もある多様な背景をもった子どもたちが中学1年生から3年生まで、約1000人いるマンモス校です。学校改革のモデルケース作り、テストするにはぴったりだと思いました。

開始当初から、まず菜園をつくろう、キッチンをつくろうというイメージがありました。屋外で土に触れて食べ物をつくることで、子どもたちと大人、子どもたちと自然、子どもたちと食べ物を繋ぎ直し、関係性を作り直すことができるから。土に触れ、育て、収穫し、料理して、共に食べる場を提供すれば、まさにモンテッソーリ教育で私がやっていたように、子どもたちの五感は開いていくはず。そして、五感は脳にもつながっているのだから、新しい学びの道も開けると思いました。

ガーデン教室、キッチン教室でやりたかったのは、ただ単に調理を教えることではありません。また、単に栽培学習をすることでもありません。食べることを通して「教科を教えたい」、そう思っていました。キッチンで料理をすることで歴史や音楽への理解が深まり、畑で土をさわることで、数学や理科の学びが広がる。「食べる」という生きることの根幹にある体験を通して、教科学習の学びを深めることができたら、と思いました。

私ははじめ、分かっていませんした。長い間続けてきたレストランの経験から自分がどれだけ多くを学んでいたかを。そして、モンテッソーリ教師としてトレーニングを受けたことが私の大きな一部であったことを。この「レストランでンでの経験」と「モンテッソーリ教師としての経験」を、本当に美しくひとつにしてくれたのが、ESYプロジェクトでした。子どもたちに、これまでとはまったく違う方法で大切なことを届けることができる、それがピンときたというか腑に落ちたというか、そんな体験でした。

そんな立ち上げの時期に、エスター・クック先生に出会いました。エスターは今も現役で活躍中で、今日の研修でも皆さんにお話しすることになっていますね。彼女は、本当に素晴らしい。最初から子どもたちに対して、ごく自然に敬意を示すことのできる人でした。こちらが多くを伝えるまでもなく、皆でつくり始めたキッチンを本当に美しい場所に仕上げてくれました。壁にはあらゆるアート作品が並んでいて、テーブルも美しく整えられています。ひと目見るだけで、子どもが「ここにいたい」と感じる、安心できる居場所となりました。

美しさ、beauty は、本当に大切なことです。日本の皆さんの美的感覚を私は信じていますから、皆さんなら美しさが子どもの心にどれだけ働きかける力を持っているか、分かっていただけるのではないでしょうか。

博子:
あなたは、食で世界を変えることができると一貫して言い続けてこられました。いま日本はパンデミック以降、家にいる時間が増え、外食が減り、食べることに関心をもつ人が増えています。そして、食べ物を自らつくることに興味をもつ人たちが急増しています。

歴史は繰り返すと言われますが、いま日本では、60年代に起きた大地への回帰のような意識変革が起きています。生きる上で何がいちばん大事なのかを、私たちはやっと心からら気づき始めたのかもしれません。これは、まるでアリスさんが、食の本質に目覚めた時代とリンクするように私には思えます。

しかしその反面、人々は人と接することが以前のようにできなくなったことで、不安や恐怖にさらされたりもしています。とりわけ子どもたちにとって、この状況はとても深刻です。先が見えない、ますます混迷する時代ではありますが、これが同時に、変革の大きなチャンスだと感じずにいられません。

アリスさんはいま「食」を通じて、何をいちばん変えたい、変えられると思っていらっしゃいますか。そして、今日この場に200名を超える人たちが集まっていますが、その中には学校の先生をはじめ、たくさんの教育関係者、起業家、議員、あるいは政治を目指す若い人たちがいらっしゃいます。

私たちのホームであるこの母なる大地、地球が私たちの行動によって傷つけられていますが、子どもたちのために私たち大人ができることはなんでしょうか。この時代においてどうしたらポジティブアクションにつなげることができると思われるか、ぜひお話を伺いたいと思います。

アリス:
皆さんにできること、誰にも関わることが2つあります。1つは、私たちは皆、毎日食べています。そしてもう1つ、すべての子どもたちが学校に行っているか、もしくは行くべきとされている。これは全世界で同じです。

私たちは今、世界中で、気候変動というとても悲しい課題と向き合っています。今すぐ、本当に今すぐ行動しなくてはいけない、緊急性のある課題です。この気候危機に対して誰もができることが、必要な食べ物を通して、また、どの子どもにも関わりのある学校を通して、できることがあるのです。

学校で子どもに給食を与えることは、必ず必要なこと。そこに対して一定の予算(州費)、またはそのための家計費がすでに存在しているのは、朗報です。間違っているのは、その食材をどこからどのように買っているかという点。気候変動を推進し、子どもたちに十分な栄養も与えない、間違った仕組みの中から食材調達を行なっているのが(少なくとも米国の学校給食の)現状である、そう考えています。

もし私たちが、すべての子どもたちが毎日食べる学校給食を、大地の守り手から買ったらどうでしょう。環境を傷つけず、むしろ里山を修復するような農業を行っている人から買うようになったらどうでしょう。働き手の権利を大切に守っている農家さんから買うようにしたら? 子どもたちは、学校給食を通して素晴らしい栄養を得ることができ、食べることを通して土地を守るという大切な概念も一緒に伝わっていくことになります。

学校給食からできることはとてつもなく大きく、私はずっと昔からこの構想を温めてきました。ESYを始めた頃から、どうかこのキング中学校に給食を出す食堂をつくることはできないか、すべての子どもたちが一緒に食卓を囲んで、栄養価の高いオーガニックの給食を食べることはできないかと考えてきました。

給食改革には時間がかかります。そんな中で強くお伝えしたいのは、まず、とにかく皆で、食べ物を地元で買うことです。70年前、私が子どもだった頃は、食べ物は地元でしか買うことができませんでした。店に出ているものだって、旬のものしかありませんでした。そんな“当たり前”が大きく変わったのは、ファストフード文化が広まり始めた50年代のこと。ファストフードの広まりですべてが、国全体が変わってしまったんです。

私は確信しています。未来を変えるためには、地元のものを食べる必要があること。そして、必ず旬のものをいただくこと。子どもたちには、しっかりと熟した旬の美味しい果物や野菜を食べて欲しいのです。

そのために大切なのが、農園と学校をつなげることです。農家から直送でお野菜をいただくことを、CSA(Community Supported Agriculture)と言いますね。地域で農業を支える仕組みですが、私はこれをさらに発展させて、SSA(School Supported Agriculture)、学校で農業を支えるという仕組みを提案しています。

学校が動けば、地域の農家を支えることができる。子どもたちを農園に連れて行くのも、酪農家と会わせるのもいいでしょう。給食はもちろん、授業を通しても、地元の農家さんとつながることは大切なことです。自分たちの食べるものを誰がどんなふうに育ててくれているのか、それを直接知ることは子どもたちの自然に対する理解を変えていきます。多くの人が自分の食べ物の育てられ方を知ることは、リジェネラティブ/再生型の農業の発展につながります。サステナブル/持続可能を超えてさらに、壊してしまった土地を再生させる、リジェネラティブな農業の大切さを子どもたちに伝えていきましょう。

繰り返しますが、大切なのは、まずは生産者さんから直接買うこと。それを皆で始めることです。オーガニックだからといって大きな企業から買うのでは意味がありません。運ぶ誰かのために、もしくは利益のために、間で抜かれてしまうようなことなく、すべての農家や漁師、そしてすべての酪農家が、つくったもの、働いたものの代金を直接得ることが本当に大切です。それができる取引相手が学校であれば、みんな自ずと、学校にいちばんいいものを卸したくなるはずです。

「子どもたちと農家をつなごう」エディブル教育の最前線、学校と農家を直接つなぐ食運動、School Suported Agriculture

アリス:
私はこれをずっと、自分のレストラン、シェ・パニーズで実践してきました。お店がオープンした当初から、私は生産者たちに「あなたに本当の値段を払いたい、だから本当の食べ物を届けてください」と伝えてきました。本当の値段を支払っていると、皆がいちばん美味しい野菜、いちばん美味しい果物を自分たちのところに持ってきてくれます。そんな風にして、シェ・パニーズには、地域経済の素晴らしいネットワークができました。近郊の農家さんたちが、純粋に農業だけで食べていくことができるようになりました。これは本当に大切なことだと思っています。

博子:
アリスさん、ぜひお聞きしたいんですが、そのキング中学校のガーデン、ESYとキング中学校の学校給食は、どのようにつながり合っているのでしょうか。

アリス:
とても残念なことに、今まだキング中学校のスクールカフェテリア(学校食堂)で出している給食は、私たちがガーデン教室、キッチン教室で教えている価値観と完全にはつながっていません。学校給食は、学校単体で決められることではなくて、食材調達などはバークレー市のシステムの中で決まっているのです。すべてを変えるのはまだまだ難しい段階にあります。おそらく、州や市から義務化されないと、給食を根本から変えていくというのは難しいだろうと思っています。

代わりの実践が、ガーデン教室、キッチン教室では、必ず畑で取れたもの、もしくはファーマーズマーケットで購入するオーガニック食材を子どもたちと一緒に食べることです。どう育てられたかわかる食べ物をいただく、それはとても美しい経験です。育てるだけではなくて、育てたものを収穫して料理をする、全部がつながっていることが大切です。自分で野菜を育てるとよく食べるようになると言いますけれど、育てただけででは95%の子どもしか食べません。収穫した野菜を皆で料理することで、必ず全員の子どもたちが、美味しいと言って食べるようになります。

博子:
アリスさんは、給食を授業の一つとして行っていく、考えていくことが大事だということをいつもおっしゃいます。私たちはどうしたら日本の学校給食の時間を授業の一つにしていけるのかをよく考えるのですが、いま、日本ではパンデミックの中で、子どもたちは給食の時間に話さずに食べる“黙食”が行われています。子どもたちにとって食べることはすごく大事で楽しいことなのに、給食の時間に話もできない、そのような状況の中で大きな不安を抱えています。そうした子どもたちの状況、また私たちのいまの不安を、どのようにポジティブアクションに結びつけることができるか、お聞きできたらと思います。

アリス:
給食の時間を授業にしよう、学校教科にしていこう、食べて味わうことそのものが学びであるというのは、初めからアイデアにありました。成績がつかない授業があってもいいのではないか、という視座は今も変わっていません。そこには様々なやり方があって、ぜひもっと探究していきたいところです。

この悲しいコロナの状況の中でも、できることはいくつかあると思います。たとえば、静かにしなくてはならないの
であれば、音楽をかけるのもいいでしょう。先生と一緒に食卓を囲んで、目と目を合わせてみるのもいいでしょう。そして、コロナ禍に限らずできることとしては、給食の時間に、たとえば歴史の授業で勉強している時代や文化に出てくる食べ物を(食事中に学ぶ教材として)取り上げてみることもできます。給食と授業をつなげることは、本当はいつでも始められることだと思っています。

日本に行ったときのことを思い出しました。日本の給食は本当に素晴らしいですね。教室で給食を食べる習慣は、もともとは大きな食堂がないから工夫したのかもしれませんが、とても美しい仕組みだと感じました。給食の時間になると、子どもたちが自分たちで班をつくって、小さなカートに乗せて給食を運んでくる。それを、子どもたちが割烹着を着て、自分たちで給仕していく。給食を食べるだけでなく、準備することにも子どもたちが参加している。これは私にとって、素晴らしい学びでした。

いまアメリカでは教育予算が削られて、食堂のない学校が増えています。子どもたちはどんどんファストフードに、加工されたものを学校にもってきて食べる方に流れています。ですから、食堂がなくても、こんな風に給食を食べることができるというのは、私は逆に日本のみなさんから教わりました。

アリス来日の2018年、ESYJの実践校、東京都多摩市立愛和小学校にて

博子:
アリスさんは子どもたちの未来を美味しく、楽しく、美しく、健康なものにするために、決してブレない、諦めない信念をもち続け、世界中にいる私たちESYプレイヤーたちに勇気を与えています。実はつい先日、12月12日にESYJが設立7周年を迎えました。この7年の間に、私たちは幾度も活動を諦めかけたことがありました。その度に、続けることに希望を感じることができたのは、振り返ってみると、私たち自身がESYの心に癒され、励まされてきたのだと思います。

アリスさん、最後の質問をさせてください。今日のトークのテーマでもありますが、アリスさんにとって、A Heart of Edible Schoolyard、ESYの心、真髄とはなんでしょうか。感じていらっしゃることを、ぜひお聞かせください。

アリス:
いちばん大切なのは、子どもたちを、生徒たちを勇気づけること。子どもたちに、自分には力があると気づかせることです。子どもたちは未来そのものです。彼らが本当に大切な価値観を携えて育つことは、この地球を守っていこうという国際的な動きにも大きな影響を与えます。子どもたちには、今が世界の皆でつながって頑張る時であること、また、自分もその一部になれるということを知ってほしいと思っています。

ポジティブな解決策はすでにあります。いつやるか? 今すぐやらなくてはならない、それだけです。いくつかある解決策の中でも、特に教育は大切です。教育の中でもエディブル教育、どう食べるかが自分たちをつくっていて、その自分たちが世界をつくっていること。これが子どもたちの中に入ることが大切です。だから、今日のように教育者、行政関係者、いろんな方がこうして日本中から集まって学ぼうとされていること、大変心強く、うれしく思っています。

知っていただきたいのは、皆さんだけじゃない、日本だけじゃないということです。いま世界中に、エディブル教育を実践していると表明した学校が 6,000校以上あります。アメリカでいえばすでに全州に、畑とキッチンがある学校があります。私たちは国際的につながり合い、共に前進していることを、皆で共通の理解にしていきましょう。

皆さんが今日こうして、バークレーから学ぼうとしてくださったように、私にとっても皆さんから学んだことがたくさんあります。世界中でエディブル教育に携わっていくこと、子どもに食べ物を伝えていくという仕事を大切に思っている人たちがつながり合うこと。これも、ESYの真髄です。

博子:
アリスさん、ありがとうございます。素晴らしい言葉のひとつひとつ、大事にしていきます。今日もまた、アリスさんに勇気づけられたなと思います。来年の夏、ぜひサマートレーニングで、またバークレーでお会いできるように、本当に楽しみにしています。